月毎よむよむ

月毎の、お話と絵本

7月 鏡の裏

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「鏡の裏」

 文・夏萩しま
 表紙・Aruzak-Nezon

 

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あまり迷わずに本を取って、ぱらぱらと固いページを開く。去年の夏に勉強していたところを過ぎる頃、同じ速さで去年の匂いの風が顔に当たる。意外なくらい薄くなっていた小さな朝顔の花が、思いがけずぺりぺりと剥がれた。本の風は止んだ。ヨレることもなくつるつるに乾いていた押し花は、もとは薄紫ぽい赤色だったと急に、青空を背景に鮮やかに思い出す。透き通った薄茶色とピンク色に仕上がった作品を、去年の私と今年の私が覗き込む。


シルクロード的なもの」が、私の中でぼんやりと像を結ぶ。イメージとしてその「シルクロード的なもの」は通路ではなく、ひとつの世界が長く伸びているものだ。東西に長いゆえにその端と端では違いがありすぎてとてもひとつとは見えないが、共通の価値観で結ばれている。互いに見たことはなくてもその香りや色みの粉をほんの少しだけでも感じ取れるならば、それらは行き来しながらだんだんに混じり合った端と端、とその間。その持っている価値の原型はかなりの純度で奥深く保存されている。人やラクダや手押し車が行き来することで、遠くと遠くがいつのまにか同じものを含み合うグラデーションになって、微かな同じ意味で繋がる。中身の詰まった雑多なものまでが元気よく東西を駆け回る、ひとつの「シルクロード的なもの」を私の頭の中に作り上げてしまったようだ。

私の部屋に散りばめられたなんだか好きなものたちはみんな、その「シルクロード的なもの」に属するような同じ何かを知っている。そのことに気づいたのはごく最近だが、この部屋の成り立ちは物心ついてからずっと変わらないとも気づいた。ごちゃごちゃと並んで毎日を一緒に過ごすものたちは散らかっているようで、そうではない。ある種の一体感を持って寛いでいる。私はその中心で、さらにすべてが私に属していると感じながら暮らしている。

新しく仲間入りした東欧の香りの小さな掛け鏡は、ブリキを鋏で切ってサインペンで着色した風な簡単な作りだ。使えるギリギリの造作で仕上げたような、まさに手作り感満点の一点物だ。お店の人が便宜上結んでいた細い黒いリボンをつけたままで購入した。ただ欲しかったからで、持ち帰ってどうしようと何も考えていなかった。家で包みを開けたとき、部屋の真ん中でくにゃりと曲がっているハスの花の照明、その茎の黒色とそのリボンが近い色だったというそれだけで、鏡の居場所は決まった。茎の曲がった頂点のところにリボンを巻きつけ、木のカエルやビーズをつけたセルロイドの櫛、紫色の蝋紐で編んだ花のピンなどに囲まれて、すぐに仲良しになった。

部屋の真ん中にあるため、ちょっとぶっきらぼうな鏡の裏が反対側から見えてしまう。この軽々しい銀色の四角に何か足したい。後ろからそうっと近づくと、すでに落ち着き払った鏡に私がチラッと映った。

閃くものがあった。私を沸き立たせるだけの何かを、やはりこの鏡は持っている。私の一瞬を捉えたこの鏡をカメラと喩えたらどうだろう。この裏側に小さな白黒写真を貼るのも良いかな。何かのおまけのキッチュなシールとか、透明なラインの入った16ミリのフィルムの端切れとか?油彩マジックで意味のない数字を描いても面白い。何かないかなあ、と棚の方へ行って、ふと、本の間に押し花があったはず、と思いつく。これはとても良い思いつきで頭が高速で巡り始めた。


鏡をカメラに例えるなら、3次元を2次元に置き換える装置ということだ。かつては立体の花だった押し花は、時間も容積も圧縮されて今は平面のフリをしている。鏡の後ろにある何もない銀色の四角の世界に、半透明に乾いた薄い花はとても相応しいものに思える。透明の粘着テープで、今の空気ごと貼り付けてしまうと、銀色が少し透けて見えて想像よりもずっと冷たく透徹した色で定着した。

これで後ろ側も素敵になった鏡は新入りの鏡ではなくなって、この部屋のメンバーとしての重層性を持った。新しい鏡を覗くときちょっと後ろの図を思うことも、後ろからメタリックな押し花を眺めるとき本来の鏡には何が映っているかを思うことも異文化を覗き込むような気分を誘う。それこそシルクロードの端から端までをひと息で走り抜けるのと同じほどと言えるかもしれない、スリリングな時空移動。

そもそも鏡は、ここへ来るまでの様々な景色を眺めて記憶しているはずだ。私の知らない世界の様子や、もう会うことのない人の姿なども、この数ミリの鏡は宿しているのだろう。訳知り顔なのはそのためかもしれない、斜め後ろから覗かれるのも少し拒んでいる気がする。恐ろしいものはできれば映して見せないで欲しい、まあ、うまくやりましょう。あの人を見かけたのなら教えて欲しいけれど、、、いえ、やっぱり知らん顔していてくれたらいいです。


私の宇宙に全てはあって、手が届くところに好きなものはいっぱい詰め込まれている。この東の最端で機嫌よく暮らす賑やかな小さな部屋も、「シルクロード的なもの」の一部だ。少しずついろんな場所と混じり合いながら、手が届かないようなところへさえも広がっている。それは日々の私を刺激している。

 

 

 

7月 ひたひた

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「ひたひた」
 詞・Aruzak-Nezon
 ジャケット・夏萩しま

 

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ケッケッケッケッと騒ぐカエル
おやすみ呪文を浴びて
ぐっすりと眠った
ぴょんぴょんと蹴り上げる
梅雨空、何日もスキップした

そうして雲間から太陽
足元にケンケンパ描いて
丸い丸を連ねて
どこまでも歩く、ひとりで
大丈夫、いつでも思い出す

長い足を揃えて長い首で
私のおでこにくっつけた
私に満ちる温もり
満ちるように、あのキリンさんの
ひたひた〜に
ひたひた〜に
小さい頃には耳元で
くすぐったいくらい近く
いてくれたねah〜

まだまだ眠ろうひとりで
まだまだ歩こうひとりで
私に満ちるように
満ちるように、あのキリンさんが
ひたひた〜に
ひたひた〜に
大人になるとあの耳は
見えなくなった、いつからか
会えなくてah〜

見上げて背伸びしても
今も届かない、あのキリンさんに
ひたひた〜に
ひたひた〜に
満たされて泳いでいた、ずっと
今すぐここにah〜
そばにいてくれたらな