「紅茶で朝食」
文・表紙 夏萩しま
ひーばーちゃん家は、木造の二階建てで、土間の端に井戸があって、木の階段の手すりがぐらぐらする。舟をこぐごっこをしてぎしぎしやっているといつも怒られる。古民家を少し改造して、障子を立てた土間の半分に板を被せたところがご飯を食べる所で、大きめのちゃぶ台の横にスタンドが付いた組み立て式のアイロン台みたいなやつをくっつけて、周りにみんなそれぞれの座布団を敷いて座る。
まずは、ティーバッグの入ったカップ&ソーサーが配られて、お湯が注がれる。真ん中の大きなお皿にはこんがり焼けたトースト。トースターから飛び出したやつを次々と重ねていく。その隣には、いちごジャムの瓶と、オレンジママレードの瓶、それぞれにスプーンが刺さっている。黄色いマーガリンの銀紙が少しめくれていて、片手で掴んでクレヨンみたいにパンに塗っていく。
自分のティーバッグを上下上下しながら好きな色になったら引き上げてソーサーに置くと、あっためた牛乳がやって来て、カップに注がれる。
ちぎったトーストにバターを乗せて
ひとくち齧ったら
ミルクティーに浸して
ふにゃふにゃさせて食べるのよ
もうひとつちぎったトーストは
いちごジャムかママレードを乗せて
ひとくち齧ったら
乗せすぎのいちごジャムや
ママレードと一緒に
ミルクティーに浸して
アルミのスプーンでぐるぐるするの
ちゃぶ台の周りはびっしり、腕があたるくらい近くてちょっと忙しい雰囲気。
おっきいおばちゃんはお華とお茶の先生。今日も着物を着て、亡き夫の仏壇に南無妙法蓮華経〜チーンと拝んでから、朝食をものすごい早口で喋りながらばくばく食べている。
話し相手はひーばーちゃん。おっきいおばちゃんとは双子姉妹みたいな親子で、同じ調子で早口で喋りながら、途切れないように食パンをトースターに差し込みつつ、私の口の端から溢れそうなジャムを私の口へスプーンで押し込む。
ちっさいおばちゃんは、本当はおっきいおばちゃんより逞しくて大きいのだけど、おっきいおばちゃんの弟のお嫁さんなのでちっさいおばちゃん。ケラケラ笑いながらよく食べる。
いとこのお姉ちゃんは、女学院の中等科の学生で、テーブルマナーが一番正しいからいつも観察している。セーラー服にえんじのリボンをきれいに結んで、おさげ髪も校則通り。いつ見ても背筋がピンと伸びている。おっきいおばちゃんの娘で、おばちゃんとは逆にあまり喋らない。
いとこのお兄ちゃんは、ちっさいおばちゃんの息子で、顔がそっくり。普通に喋って普通に食べる小学生。
ひーじーちゃんは、ちょっとボケ気味だけど静かに自分のことはする。ご飯のときは誰よりも早く座っている。
いとこのお兄ちゃんのお父さんは船に乗っていていつもはいない。船から降りて帰ると私に必ずお土産をくれる。3か月に一回、三週間くらい一緒に朝を食べるときは、おっきいおばちゃんとひーばーちゃんと同じくらい早口でよく喋る。よく喋る家系なんだろう、いとこの兄ちゃんもそのうちよく喋るようになるのかな。おじちゃんの話は、世界中の街の様子や、海が荒れたときのことや、わくわくする言葉が繰り広げられる。ちゃぶ台の端でトーストがどんどん焼かれて、紅茶もおかわりができてもっと忙しくなる。
今朝も紅茶で朝食が始まる。おばちゃんたち、いとこのお姉ちゃん、いとこのお兄ちゃんと私は、あちこちから手を伸ばして好きなものを摂る。自分の予定に合わせて食べ終わったらみんな座布団を持って立ち上がり、襖を開けて仕事や学校や片付けに行く。私も座布団を押入れの前に置いて遊びに行く。ひーじーちゃんだけが、すこーしのトーストを時間をかけてもしゃもしゃ食べていて、誰よりも遅くまでちゃぶ台のとこに座っている。そのうち座布団を持って、よっこらしょうと立ち上がると年中出している炬燵のとこに座って、しばらくしたらまたすぐにちゃぶ台ののところへ座布団を持っていく。やがてお昼ご飯の匂いがしてきて、私たちも外から帰って手を洗う。ひーじーちゃんは誰よりも早くちゃぶ台のとこに座っている。