月毎よむよむ

月毎の、お話と絵本

8月 珈琲豆の魔神

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 「珈琲豆の魔神」   文・表紙 夏萩しま

 

 


「、、、、な状況にいても、んだな
  さあてとお
  いつもの珈琲を淹れよう
  今日は週末、野球を観ながら
  ビールが飲める
  うがっほうがっほうがっほ」

並びの悪い歯が口からこぼれてしまわないか心配になるような笑い方をしながら
そいつは現れる

「今日も暑くなりそうだんな、あ?」

毎度毎度、同じ挨拶をいったい誰にだか投げかけてるし

私は目を合わせないようにしていた
特別、珈琲ポットや、戸棚から出てくる訳でもなく、煙が形を成すのでもなく
前触れなくそいつは
でかい声で喋りながら向かいの椅子に突然乗っているのだ

珈琲豆の魔神が現れると
キッチンがどうも暑苦しく感じる
そのせいで今日も暑いんじゃないのか?
こうして勝手に午前中から
温度の高まった一日はスタートしてしまった
あー腹立つ

訛りの強い言葉は
何百年という経験に裏打ちされている、ホンシツテキナキョウクンなんだとさ
耳が壊れる

まったくもう
ありがたいお話か何か知らないけど
ばらばらとばら撒かないでー

「、、、んで、
  必ず100パーセントなんてなものは
  ねえんだ
  いっつも0なら、そりゃ自分のせいだろ
  結果なんてもなあ、
  全てが済んで見えるもの、んだろ
  つまり途中でことの良し悪しなんざ
  分かりっこねえんだ
  真っ当な人間なら、んまずは
  今日を懸命に生き延びることだ、んな
  何もそ、、、き、、、、へ、、、、」


そして急に静かになって、珈琲豆の魔神は見えなくなった

いつもこれだ
途中から来て途中で帰る
前も後ろもない話にモヤモヤする

まあ、今日の話はわかったほうか


考えてみれば、
急に来たり帰ったり、暑いとか、声がデカいとか以外は
いいこともあるか

真っ黒い爪の先を器用に使って挽いた豆をならして
美味しい珈琲を私にも淹れてくれる
並びの悪い歯の収まりきらない笑い方も
愛嬌があるといえば、なくもない

いないからそう思えるのではあるな


いつの間にか涼しくなっていた
冷めた珈琲も美味しい