月毎よむよむ

月毎の、お話と絵本

I月 スカイハイ・カイトハイト

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「スカイハイ・カイトハイト」

  文・表紙 夏萩しま

 


中学校の裏の土手道を歩いて、小さい橋を渡るとすぐに河原が開ける
川が合流する突先の近くまでコンクリートで固められていて、周りは葦で壁のように囲まれている

川面に光の粒が踊っていて輪郭がぼやけている
橋の真ん中くらいから、目の高さに上がってる凧が見えていた、あの河原の端で凧揚げをしている人がいるんだろう
水に反射する眩しい冬の日で、細い糸は光に埋められて見えなくなっている
凧だけが一定の高さで生真面目に浮かんでいた
ゆるい西風の穏やかな日だと思って来たけれど、河原に出たとき急に強く冷たい風に変わって、さらに目を細めてしまう

凧は四角い日本凧ではなく、昔流行ったカイト型で、ペラペラした三角形の下の方がブルブル振動しながら音と共に急角度で空へ刺さっていく
何にも繋がれてないように見えるカイトは
その鋭角をキープする姿で、一本の命綱の存在を想像させる

バチバチッと木質の破裂音が響いた
昔ながらの「とんど焼き」が始まっていた
青空へ向けて組まれた竹の櫓が威勢よく弾けながら、健康な緑色のままオレンジ色の炎を纏って白い煙を送り出している
西風が少し強かったせいで、火が東側へとどんどん燃えてゆき、予想より早く櫓は東側へ倒れた
周囲からは「あーー」という声が起きた
それでもまだ時折り、バチバチッとか、ポオーンとか鳴る竹にびっくりする
須貝は来てなかったな、まあ、約束したわけでもないし、年末年始は帰省するかまだこっちじゃないのかな
年賀状に含みを持たせたつもりだったから、それまだ見てないなら、しょうがないか
それにしても、メールやLINEで即座に確認できたりするのに、わざわざ使わないでこんなもどかしいこと、今どきやってる人いないよね
とは、思いつつも、この感じをわかってくれたり一緒に楽しんでくれたりする人がいたら楽しいと思うのだ

紙コップのぜんざいが配られて、誰とは無しになんとなくな列ができて受け取って行く
熱々なのだが、ダウンジャケットを着て歩いてきたからむしろ冷たいものが欲しかった
時代が変わると色々違ってくるんだな、昔ながらなものがかえって貴重に思える
土手を下り切ったところの自販機の周りは人が多いようだ、ここからでもよくわかる、冷たいものは売り切れかもね

引き返し始めると、今からまだ正月の飾りを持って河原の方へやってくる地元の人とすれ違う、のんびりした行事だ
さらに日が動いて、午後の光に変わっていた
カイトが相変わらずブルブル鳴っていて、さっきとはちがう角度が見えた
LOVE MIとカラフルな色で手書きだ、ダサッ
meと間違えてるし
一体どんなやつがカイトを上げているのか河原の先を覗き込んだ
行きがけにはよく見えなかったそいつは、なんと須貝だった
私が来る前からずっとカイトを上げていたのだ
MIはmeの間違いではなく、満のMI、と受け取っていいのか?
見下ろしている私に気づいて、須貝は手を振った
その瞬間、カイトはバランスを崩して自らの糸を切り、川の向こうへ飛んで離れて行った
須貝はじっとそれを見送っていた、手元で糸がだらりとなびいていた
は、間抜け!恥ずかしい!
私は背を向けて走って中学校の門の向こうまでずっとずっと走った
ついでにそのまま家まで走って帰った
玄関を施錠して、須貝が来たら開けようか知らん顔しようか考えていた、しばらく気配がないので長い時間玄関で座っていた

郵便受けに、スルッと一枚年賀状が滑り込んで来たので引っ張り出してみると、あのカイトの柄と同じLOVE MIの続きにTIと読めた
満は、今まさにこれを一枚だけ持って配達に来た須貝のへなちょこな感じを想像してなんだか可笑しくなった

あえて玄関を開けて確かめることはせず、もうちょっともどかしさを分け合える気がして、須貝は良いやつだな、と声に出して言ってみた