月毎よむよむ

月毎の、お話と絵本

9月 まわり階段

 

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「まわり階段」    文・表紙 夏萩しま

 



時をかける少女」を初めて読んだ、まさに少女のとき、並行世界は作りごとではなく、自分の生きている今のすぐそばにあると直感しました。大人になってからも、こうしてエレベーターのないビルヂングの3階までの階段を、息を切らせながらぐるぐる登り、ずっと欲しかったものを受け取りにゆく、、、そこには確信めいたものがあって、ちらと横を見ると一段飛ばしで階段を降りてゆく女の子が見える気がするのです。嬉しそうに靴を抱きしめて降りてゆく女の子が。
 今まで一度も、この足にちょうど合う靴に出会ったことがなく、今も無理やり押し込んだ痛む足で階段を登っていて、でももうそれもあと少しで終わる、その瞬間が近づいていました。


 シンデレラはよほど変わった足の形をしていたに違いない、特徴的な、それでもちいさな足だったのだろうと想像しながら、一歩ずつ登ってゆく。でも王子様に見染められたのは間違いなく美人だったからで、変わった足だったからではない訳で。魔法の靴だって履く人を選んで形を変えていたというのが真相らしい。そんなことを考えながら無事に3階まで来てひと息つくのでした。あと少し。
 シンデレラ・フィットとは、足に合う靴を造り出す技術の賜物だとなぜかピンと来たとき、私が探すべきは靴ではなく「靴職人!」
この答えをすぐに伝えたかったのはかつて女の子だった私。いつもブカブカのサンダル、できるだけ造りが簡素で自分で調整できるものしか選べなくて、ベタベタと引きずって歩き、しまいには裸足になって履き物の不快を表現していたあの子に。世界中でたった一人のパートナーを恋するような気持ちで、お気に入りの靴にいつか出会いたいと、でもどうすれば?と四角い下駄足を見つめていたあの子に。


 3ヶ月前に、私はやはりこの階段を上がり、恥ずかしい足の形を計測してもらい、気に入った色の皮を選び、あとはその聡明な美しい靴職人の女性に任せたのでした。頑固そうな、それでいて少しふわっとした感じの彼女は、職人らしく靴の造形についてできないことはできない、ご希望ならこちらでやってみますか?と説得力のある提案をしてくる人でした。何より、わたしの変わった足の形について驚きもしなければ笑いもしない、どんな靴を履きたいのかを問い詰めてくる実直さがありました。スケッチを間に置いて続いたやりとりの末、私は心から彼女にお任せしたのでした。
 立体になるとまたイメージが違いますから、と説明され、あっと思ったのです。それは私には想像できない事柄でした。これがないから私は作る側にならなかったのだと得心したのでした。私は誰にも言っていないけれど、長いこと足に合う靴、無いなら作るしかないと思い詰めていました。シューフィッターや靴職人の勉強もしたし、工場の面接にも行ったけれど、自分だけの靴にはずっと巡り会えずに何年も経っていたのです。


 私だったかもしれない女の子から、私が作ったかもしれないものを受け取る、そんなイメージが私の中で現実も物語も超えて膨らんできたとき、まわり階段は座標を構成しつつも曲がりくねって、同じ点に重なったまま同時に存在する特別な一点になる。夢は形を変えつつもそこでは本質的に叶うということを知る、それがこの靴のお話です。


 私の心にとって早すぎても遅くても意味のない、このちょうど良いタイミングだから、新しい世界に飛び乗ることができる。踊り場を回っているうちに、当たり前のような未来という物語と、一秒たりとも無駄ではなかった過去という物語がパラレルに最接近する、そのとき人生の謎がひとつ解け、その一点でだけ私に新しい靴が手渡されるのです。
 時間は前後ではなく横に広がっているらしい、、、帰ってすぐに箱から出して、こうして足を通している人生初のちょうどいい靴、世界にたったひとつの靴を眺めながらも、それはとても不思議に感じます。存在することは決まっていて、でも「ちゃんと遠回りして」ここまで来ないとそれはわからなかったのでした。
 必ず出会えることになっていたのに、今でなければこうはならなかったのがこの靴です。現実はやっぱり少しどこか違う方向からの力と繋がっていたり、曲げられていたり、折りたたまれているようです。ありえないようなことと、ありうべきこととは、常に接近していて、時々ちょっと入れ替わったりしていることには気づいていないだけなのでしょう。


 とにかく間違いないことは、もう靴を探し回らなくていい、どこへ行こうかだけを考えたらいいということです。靴を手に入れた座標上の一点から、私は時空を超えられるくらいに自由になったのです。

 

 



「鉄棒する犬、跳ぶ私」
 詞 Aruzak-Nezon

今日できなかったことがどうしても
どうしても悔しいなら
それが一番やりたかったことだよ
いろがみにクレヨン、女の子からのお手紙
古い言い伝えみたい、お腹に収まった

今日も生きてる、わからないまま
ママレードくつくつ煮込んでたら
キッチンの水曜日に充満する
甘い酸っぱい苦いみんな揃ってる
人生ってこんな感じ?イメージだけど
私を揺らすシトロン
胸がいっぱい

ずっとこのままじゃない
同じことなんて
数えたら3つか多くても4つ
そのあとはもうどこかで新しくなってる
それはまだ本当ぽくないけど

走りながら考えろって
動いてみないとわからないって
スピードが上がってきたら
ホンモノ
なのかなぁ、走って、、、跳ぶ?

走って、跳ぶ
目の前のハードル
蹴り倒したっていいのよ
鉄棒も外して
投げちゃっていいのよ
犬に当たる
天啓を受けた犬は鉄棒を始める
(誰がそんなこと言ったの?)

今のままでは確実に負け
まっすぐに立ち向かっても
答えはもっと遠くにあるんだ
未来の私は証明している
そんな気がするだけで、もう

幼さはまあるい飴玉みたいに
ポケットに納めとく
いつか活躍するときまで

結果について思い詰めてもそれは
途中経過でしかなくて
先へ行ってしまえば
意味は反転する
らしい

いつも今が一番のチャンス
逃してなんてないんだ
選ばれるために
私を待っている
名も知らぬ未来の君へ
今、振り切って
振り切って
跳ぶ!
飛ぶ!!

 

夏休みは終わった。まだ暑いのに教室になんていられない。無性に焦りを感じて道の途中から走り出す。頭の中がごちゃごちゃで散らかってて、熱がこもってて、あーー。何にかわからないけど腹が立つ。いや、自分に対してだ、わかってるんだ。スピードアップ!
 信号の手前で左に折れる。新しいスニーカーがキュッと鳴る。残暑厳しく誰もいない公園。真ん中はスコンと空いてて、空が最大、そう空は全開だ。急に立ち止まったら身体中から熱が吹き出す。両手を伸ばせば一掴み、届くとこまでが自分のもの、そうだよ。まだ間に合うよね?「そのとき」は、来たときが「そのとき」。信じてたのを思い出した。
 時々こうして走る、そして空の下で思い出す。なぜ日常の中で忘れてしまうのだろう、こんなに大丈夫なのに、不安になるなんて。
誰かに言われたりとかじゃ出てこない、自分で動かないと気づかない。それだけの時間をかけても、絶対に間に合うってことを。
 頭の中にさらさらと風が吹いて、息が整う。さあ、やるべきことをまずはひとつ、やろう。チャンスは日差しのように雨のように風のように降り注ぎ続けてる。見えなくても、確信を持って受け取れば、それはそこにある。

いつかの私と何度もすれ違い、出逢う。