「窓」 文・表紙 夏萩しま
窓を開けると今日は少し曇り気味。カーテンを少しだけ斜めに垂らして椅子を持ってくる。座面に後ろ頭を乗せて、三角形の空を見る。窓の外に置いている鉢植えの金柑は、雲だけ眩しい空を背景に、濃い切絵のようにピンとした葉が際立つ。金柑は一年に2度、春の終わり頃と盛夏に花を咲かせ、咲いた朝は強く爽やかな香りでわかる。一週間ほどしてジャスミンライスのような花びらを撒き散らすときも、白く香りながらピンとして清々しい。
こうして自前の三角形をぼんやりと眺めているのが好きだ。好きなのだが、頭の後ろで椅子がじりじりとし始める。そのうち、すこーんと、頭から外れキャスターを鳴らして1メートルくらい転がってゆく。本棚に当たって止まる。こちらは慣れたもので、椅子が動き出す前に頭に近いところに両手をスタンバイして受け身の体勢をとる。ころりん。甲虫のようだ。それから大の字になって、さっきより狭くなった三角形の空を見る。
こんなときいつも、ちょうどいいソファがあればいいのになぁ、と思う。この狭い部屋に到底入らないとは知っているが、毎回思う。叶うか叶わないかは一緒くたにして、好きなことについて考える時間は好きなことを考えている時間だから楽しい。実際にソファがある暮らしを想像して、現実に椅子からの受け身をする暮らしも楽しんで、こんなお得な頭を持ってて自分は幸せだと思う。
虻が来て金柑を調べ始めた。おあいにくさま、花は終わったよ。さらに曇ったようで金柑の葉が白っぽく見える、と、枝の間から新しい黄緑色の新芽がちょっとだけ出ていた。ああ、あの柔らかいところを狙ってきたのかも。虻は丹念に調べ上げてゆく。こちらは物になりすまして固まっている。
さっきから左の肩に硬いものが当たっているのが気になるので、そっと首だけ回して見てみる。机の下にノートパソコンが、これまた深海生物が何かになりすますように海底に張り付く格好でじっとしている。少し体をずらして、首を元に戻すと、虻はまだ金柑の周りを回っている。うーん。早くどっか行ってくれないかなぁ、そろそろ足がつってきた。また首だけ回してノートパソコンを見る。かなり長いこと置きっ放しだった気がする。
そろそろとまた首を戻すと、ちょうど虻が離れて風に乗って行くところだった。よし!腹筋を効かせて起き上がるとノートパソコンを開く。起動しながら、パスワードを思い出す、えーと、、、。新鮮な感じがする。びっくりするほどのメールは来ていなくて、ざっくり流して全削除する。写真が何枚か届いていて、相変わらずいい仕事をしてるな、と思ってその通りコメントした。お気に入りのことだけを記録する画面を出して、今日のこの文章を書き留める。