月毎よむよむ

月毎の、お話と絵本

3月 お魚をかいに

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「お魚をかいに」
 文・表紙 夏萩しま

 

「お魚かいに行くよ」
買い物かごを持って、おばあちゃんについていきます
家の前の県道を渡って、用水路沿いの道を歩くと、いつもすぐ手が届くところにザリガニがいて、見ると欲しくなる
「これからお魚をかいに行くんで、手をあけとかんと、帰りにしよ」
と止められて、
「そうだった」
とまた買い物かごを持ち直す
かごはビニル紐で編んだいろんな色が混じっていて、とても丈夫、濡れても洗ってかけておけばすぐに乾く、お魚をかいに行くにはちょうどいい
用水路の横の道を歩いていくと、真ん中あたりに大きな柳の木があって、そこまでいくとちょうど半分
柳の木の向こうを同じだけ歩いたら左に折れて、大きなお家の中庭に入る

そこは、火曜日の朝だけ魚屋さんが来て、あちこちのお家の奥さんやお手伝いさんが列を作って買い物をする
いつもは何もない所で、歩いて遊びに行くときにのぞいても、石に囲まれて誰もいない広い庭だけで、
しんとしている
犬も鳴かない
他の日はずっと静かなのに、魚屋さんの日だけ賑やかになる場所
自転車に箱を積んで来た魚屋さんは、自転車の周りにムシロを敷いてピカピカの魚を、だいたい同じ種類に山にして並べている
ピンッと跳ねて他の山に乗り換える小魚や、時々カニの子どもがまっすぐ逃げてゆくこともある

前の人から順番に選んだ魚を秤に乗せて、
「はい何十円ね!」
と言われただけお金を払って、新聞紙に包んでもらうと、自分の持って来たカゴに入れてもらう
魚を取った後の秤はしばらく揺れている、どこを見たら何円なのか分からない
それから、次の人が
「あの魚はどうやって食べるの?」と聞いたり、
「煮物にするのにいいのをちょうだい」
とか言って、魚を選んでもらう
秤に乗せて、
「はい何十円ね!」
と言われて払うと、新聞紙に包んだ魚をカゴに入れてもらう
それを聴きながら眺めているだけで、魚の名前や調理の仕方が自然とわかるような気がする
だんだん、魚が減ってくるけれど
おばあちゃんはゆっくりと1番後ろに並んでいる
「お魚無くならん?」
と小さい声で聞くと
「大丈夫大丈夫」
と、落ち着いて、やり取りを聞きながら魚を見たり、時々、列を離れて石垣の下の柔らかそうな草をむしってカゴに入れたりしている
じっと見ていると
「これはヨモギ、草取りしてあげたの、うちで使うの、どっちもにいいこと」
と言ってまた並んでいる

中には、
「切り身にしてちょうだい」
という人もいて、自転車の荷台に置いたまな板の上で、ぴちぴち生きている魚が跳ねて、包丁がギラリと止まったときにはもう切り身になっている
明るいお日様の下で、まな板にバケツからすくった水をかけてきれいにする
ピンク色の水が流れていって地面に浸み込む

お客さんが大方帰って
やっと自分たちの番になって、おばあちゃんは
「残りのみんなもらうから負けて」
と言って
小さくていっぱいある魚と、中くらいで大きさがまちまちな魚と、数えるほどの貝を注文して、
「貝はこの子に」
と言った
魚屋さんは
「いつもありがとうございます、じゃ何十円で!」
と言って新聞紙に包んでカゴに入れて、貝だけをビニル袋に入れて私に手渡した
「いい買い物をした?」
「ああ、いい買い物をした」
帰りはいつもおばあちゃんがかごを持ちます
私はビニル袋に入った貝だけを両手で持って、
「けっこう重いな」
と力を込めて運びます

大きな柳の木のところまで来て、ザリガニをちょっと覗いたけれど
くる時にいたのはもういなくなっていて、どうせ持てないから今日はもうやめとこうと思い、そのまま貝だけを持って帰った

台所にいくと、洗面器に水を張って粗塩をひと摑み入れてぐるぐる混ぜたところへ貝を離します
小さい魚は手のひらくらいのカレイで、表面を包丁の背でしごいては洗い桶の中に放り込みます
中くらいの魚はニベのようなやつで、3枚におろしてから大きめのは3切れ、小さめのは2切れにして、生姜をすった醤油の中に漬けていきます
骨がついたところはカレイと一緒にされた

畑に行って、大根を抜いてくると
お風呂場で泥を流してから台所に運んで、葉は細かく切って塩で揉みます
ちょっとちくちくするけどだんだん柔らかくなる
白いところはかまぼこ型に切って鍋の底に並べます
切り身にした魚をその上に並べてゆっくりと蒸し煮にするのです
葉っぱからでた水を手で絞って大皿の真ん中に山にして、てっぺんに辛子とレモンの輪切りを乗せます
カレイの水気を拭いて片栗粉をつけ、次々と油の中に放り込み、カラッと揚げて大根葉のふもとにたてかけるようにならべます
骨のついたやつはゆっくり揚げてカリカリにします
粉の残りを水で溶いて、あのヨモギも裏だけ浸して油に入れたら緑の濃い匂いがしました

小鍋に水とお酒を少し入れて、砂を吹き終えた貝を入れて、火にかけます
口を開いたらみそを入れて出来上がり

そのうち、おばちゃんたちが仕事から帰ってきて、学校から帰ったおねえちゃんがテキパキと手伝って、みんなであったかいご飯の時間になります
私も少しだけ役に立っています
まだおねえちゃんみたいに、途中からサッと手伝いに入れるほどにはなってないけど、魚のかい方はもうわかります