月毎よむよむ

月毎の、お話と絵本

10月 世界周遊券

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「世界周遊券」  文・表紙 夏萩しま

 


旅羊くんにもらった割引券を持って、今日はお出かけ
多国籍マーケットへ行くんだ
おやつをたくさん仕入れに行くの
旅羊くんがいつも背負ってるような大きいザックを、背中にへろんとくっつけて
旅羊くんがいつも履いてるようなうっすい草履をぺたぺた鳴らして
旅羊くんになりすましてるつもり、うまくできてるかな
だって旅羊くんの名前が書いてある割引券を使うんだもの
買い物以前に、ドキドキする

幅が広くて段差の小さい階段を、とととととと、と降りてゆく
地下街の真ん中あたりの、どこからも日光が届かないところ
明らかに電気で点いてる黄色いバターランプが並んでる店先
近づくとだんだんにおいが重なってきて店の場所はすぐにわかる
灯が揺れているのか、置いてあるものがみんな呼吸しているみたいに膨らんだり戻ったりしている
そうとしか見えない
生き物だったら嫌だなあと想像しかけて振り払う

いろんな色のピラピラ光る紙で巻かれた食べ物
包んであるのもあるけど、包んでなくて束ねただけのもある
元々の色がどのくらいだったのかわからないけど、下の方から引っ張り出したらわかるのかなあ
お店のお姉さんが怖そうな感じだから試してみることはできない
あまりにも色が違ってたら怖いから見ない方がいいかも
国旗のシールが貼ってあって、それを頼りに移動していくと少しにおいが違ってくる
それにしてもこじんまりとした店の中に入っている全部のにおいは、やっぱりどぎつくて、でもなのか、だからなのか、それもだんだんわからなくなってくる
頭が酔ったような感じになって、気がつくと手元のカゴにお菓子が山盛りになっている

見て回ってるだけでもいろんな国をのぞいてる気分で
どれも少しずつ欲しくなるけど、全部足すとこんなにたくさんになってしまうんだ
いかにもぴっちりしてないような
パッケージから漏れてくる「毒毒な」甘さは、選んでるときもぐるぐる混じって迷わせるから、色違いで全部買うことになる
怖そうだったお姉さんの前にカゴを置いて割引券を出すと
いつもありがとう、と笑った
旅羊くんの割引券はあっさり使えて、しかもかなり割り引かれていて、背中のザックはぱんぱんに重たくなったけど、草履で跳ねながら帰った

帰ってからザックを開けると、まずあの店と同じにおいがする
そして色んなピラピラが目に浮かぶ
お菓子の包みを開けるときも、どこをどうなのかなかなかわからないことも楽しいことのひとつで、もちろん字も数字でさえ理解できないままで引っ張り回してるうちにたいてい勢いでぶちまけてしまって、そこいらをその国のにおい空間にしてしまうことや
そして口に入れたら思いもよらないスパイスで何味かわからないことやも
もれなく楽しんでしまうから、行く前から食べ終えるまで、世界を何周もしてしまう

旅羊くんのお得な割引券、来月も欲しいな