月毎よむよむ

月毎の、お話と絵本

2月 ビニル傘

f:id:higotoni510:20240114170642j:image

「ビニル傘」

 文/夏萩しま 表紙/Aruzak-Nezon

 

 

 ついさっきまでくるくる回っていた君の、色々な丸が花のように明るい柔らかいスカート。同じように髪が揺れて、重く冷たい冬の風景が遠くなって見えていた。まだ寒いかな?と言いながら、もう待ちきれない気分はお互い様で、久しぶりのピクニックに出かけて来たのだ。外を歩いてみれば小さな草の芽も出ていたり、日差しは思ったよりも穏やかで、ゆったりとした陽だまりを感じる。はしゃいだ気分で話しながら、時折り手を引っ張り合ったり、後ろ向きで歩いたり、大袈裟なマフラーや手袋や毛糸の帽子を順々に外しながら歩く。春にはまだしばらくあったけれど、空気の澄んだ丘の上からは、風もないのに雲が動いていくのがよく見えた。
 ベンチに腰掛け、2人の間にバンダナを広げるといつものお気に入りが次々と並ぶ。
「今日のコーヒーは美味しく淹れられたの、トーストもちょっと焦げ目がついててちょうどいい、梅のシロップと、おやつはビーントゥバーのチョコレート」
ああ、あったかい、あったかい、と言い合いながら、湯気が香りを描いているようなコーヒーを胸の位置で持つ。同じ香りの中で和むと、寒さで固まっていたはずの体がほどけて本当に寛ぐ。トーストを、カリッ、サクサクサクと音を立てるほど美味しさが増すような気分になる。梅のシロップで少し口を潤したら、何でもない話が自然に弾む。いつのまにか長く話し込んでいた。
 チョコレートに手を伸ばす頃になって、俄かに雨粒が落ちてきた。
「来た!」
広げたお茶会セットを大きめのバンダナごとひとまとめにして包み、近くの木の下に走る。雨足が強くなることはなかったが、緑道公園の長く続く緑色が少し煙って白く滲んでゆく。濡れるとさすがに冷えるので、できるだけ肩をくっつけて、すぐにも止みそうな小雨を見守る。
 コーヒーカップを持ったまま、並んで立っている。雨も好き、だからこれはこれで天の恵みだなぁ、とずっと温かいコーヒーをひと口ずつ飲む。
チョコも欲しいな
それは同時にそう思ったから、まずはコーヒーを僕に預けて、バンダナの即席バッグの底をごそごそやってチョコバーを引っ張り出すと、真ん中で折ってふたつに分ける。片方を僕の口に加えさせて、コーヒーを受け取る。あやとりみたいな交互のやりとりが、息の合う二人だ。くすくす笑いを混ぜながら、しばらくは口の中にが忙しいので会話は無いけれど、雨を眺めながら一緒にいることが特別で、当たり前の大切な時間だ。

 少し止んだところで、車へ移動する。コーヒーカップにコーヒーカップを重ねて、車のキーを探してドアを開けると、重なったカップを受け取って、車の中から渡す。ややこしいようで、なんとなく次がわかる二人は、残りのチョコをもぐもぐしながらシートに落ち着く。タオルであちこち押さえながら、今度こそ笑ってしまう。今日ははもうこのまま降り続きそう、もしかしたらこの雨で春になるのかもしれない。時間も午後を回ったし、
「送って行こう」
まだ居たいし、またすぐ会えるし、どっちでもいいんだけど、というニュアンスで尋ねると、
「喉が弱いんだから帰って熱いシャワーして寝た方がいいよ」
との気遣いに有り難く乗っかる。

 来るときと逆の景色は、明るさも鮮やかさも違って、知らない道のようにそっけなく無表情で押し黙ったまま続いていく。次にいつ会えるのか、わざとでもなく話題を避けていた。
「傘を、持ってないでしょ、買ってくるよ」
信号前のコンビニへ車を寄せて、急いで傘だけを買ってくる。
「お願いだから、さして帰って」
「ありがとう」

そばにいないときにも守ってあげたい、せめてこの傘の中にいて欲しい。コンビニで買った傘は値段は安くても、大切な人への感謝の気持ちだ。
いつか会える。それまでにまた雨の日があったら、この傘を広げて。今日のスカートのようにくるくる回しながら、ビニル越しの雨を見上げて笑っていて欲しい。その姿を僕は思い浮かべる。君を思うとき、僕は君だけを想っている。今日も美味しいコーヒーの時間をありがとう。またすぐに会おう。

 

「すきとおる」
 詞 Aruzak-Nezon

ずっと ひとり 傘で
歩きたい夜に
両手広げたあなたみたい
私をそっと包んでくれる
ビニル傘 透き通る ひとまわり

雨に冷たくされないよ
雫が跳ねる
そばにいる水の光
心 見えてしまう
あなたがくれた傘の中

ずっと 雨音 このまま
聞いてたい夜は
手をつないでるあなたみたい
私をそっと守ってくれる
ビニル傘 好き亨る 遠まわり